雑誌よりも、料理人たちの口づてで広まる名前があります。岩永歩は、まさにそういう存在です。吹田市岸辺という静かな街から、彼はたった一軒のパン屋、Le Sucré-Cœur(ル・シュクレクール)を、日本中の名だたるレストランが取り合う存在に育て上げました。

Nomaが求めたパン

岩永の名前は、私が本人に出会うずっと前から、大阪の外へと広がっていました。彼のパンは関西で約二十軒、関東で六軒の店に届けられ、その中には星付きレストランも複数含まれます。2014年、デンマークのレストランNomaが世界のベストレストラン第一位に選ばれたその年、Nomaが客に提供していたのは、半解凍でスライスされ、北欧風のカナッペのように供された、彼のパンでした。これは本人が誇らしげに語る話ではありません。私たちが、別の人から聞いた話です。

ゼロから始まった道のり

1974年5月、東京生まれ。大阪府吹田市で育ちました。大学を中退した後、大阪と兵庫のパン店やフランス料理店で経験を積みます。2002年に渡仏し、パリのメゾン・カイザーで修業。そこで身につけた技術への妥協のなさを胸に、2004年、育った街である岸辺にBoulangerie Le Sucré-Cœurを開業しました。2007年にはパティスリーが続き、その後大阪に二店舗を新たに開きます。この歩みの初期の段階では、彼が日本のパン職人たちの世代全体に与えることになる影響を、誰も想像していませんでした。

Le Sucré-Cœur前の岩永歩さん、落合友美さん、サミー・スヌーシ
Le Sucré-Cœur、大阪にて。

パン職人以上の存在

2011年、岩永はNPO法人essenceを設立しました。食べることが、健常者と障がいのある人との間の距離を消し去ることができるという、シンプルな信念からです。これは対外的なアピールではありません。彼という人間の一部です。パンに注ぐのと同じ妥協のなさを、彼は食卓が人を隔てるのではなく結びつけるべきだという考えにも注いでいます。

彼の影響力は、自分の店をはるかに超えて広がっています。2018年に自身のパンをまとめた本を出版し、2021年まで、東京・六本木の人気店Bricolage Bread & Co.を監修しました。2022年からは、千葉県のKURKKU FIELDS内にあるベーカリー、Lankaをプロデュースしています。ベーキングキャンプという研修講座も主宰し、オンラインサロンで独自のパン哲学を発信し続けています。誰に育てられ、誰に影響を受け、誰にパンの持つ意味を教えられたかと尋ねられて、彼の名前を挙げるパン職人は、日本国内外を問わず数え切れません。

岩永歩さんとルドヴィック・ボテロー氏(BELLOT製粉)
岩永歩さんとルドヴィック・ボテロー氏、BELLOT製粉、大阪講習会にて。

私たちの出会い、すべての始まり

そんな彼に、私はある晩、大阪のLe Sucré-Cœurの前で会いに行きました。彼がそこにいないとは知らずに。スタッフは丁寧に、彼はイベントに出ていると答えました。同行していたトモミが、主任アシスタントに連絡してもらうよう働きかけてくれました。一通のメッセージが送られ、岩永さんは引き返してきました。十五分だけ話すはずが、一時間半以上、話し込みました。中国での十二年間について、そしてフランス産ベロ(Bellot)小麦粉の文化を日本に伝えたいという思いについて語りました。彼はすぐには信じませんでした。大きなプロジェクトを掲げてやってきては、その後音沙汰のないフランス人が、これまでにも何人もいたからです。

信頼が生まれたのは、その後のことでした。在日フランス大使館の経済部門が主催するイベントがきっかけです。三日前に連絡すると、彼は十秒ほど考えて、やろう、と即答しました。東京まで来て、その日展示するすべての製品の準備を取り仕切ってくれました。イベントは大成功。以来、私たちは定期的に顔を合わせています。昨年12月には、株式会社トクラ大阪とともに、BELLOT製粉の講習会を大阪で共催し、岩永さんはゲストシェフとして参加してくれました。

彼の世界を垣間見た一日

先月の最後の再会は、岩永歩という人間を、他のどんな出来事よりも物語っているかもしれません。彼は私たちを千葉県八街市に連れて行ってくれました。石臼で、注文を受けてから一袋ずつ粉を挽く生産者、今村さんの小麦収穫祭です。そこで、彼がプロデュースするKURKKU FIELDS内のベーカリー、Lankaのチームと合流し、NHKでも特集され、ゴ・エ・ミヨのテロワール賞を受賞した、日本の野菜作りの伝説的存在、浅野悦男さんにも出会いました。夜はKURKKU FIELDSで、フランスとスイス、そしてコルシカ島、私の故郷でも修業した岡田シェフによるディナー。翌朝は、Lankaの窯から出たばかりのクロワッサンとパンオショコラをいただきました。

岩永歩がプロデュースするKURKKU FIELDS内のベーカリー、Lankaの店内
Lanka、岩永歩がプロデュースするKURKKU FIELDS内のベーカリー。

こうした一日が、この人をよく物語っています。彼が自ら結びつけた生産者や職人、情熱を持つ人々に常に囲まれ、惜しみなくネットワークを開き、その分だけ人々からも返してもらっている。

この物語は、日本での冒険が始まった最初の日から共にいる落合友美さんなしには、実現しなかったものです。